令和5年7月号 美甘雅子さん(大地の劇場・語り塾 代表)
更新日:2023年6月26日
プロフィール
美甘 雅子さん
(市内在住)
夫である故・沼田曜一さんが主宰の「大地の劇場・語り塾」を継ぎ、語り部たちと共に伝承文化の大切さを学ぶ日々を過ごしている。毎年12月、航空記念公園内にある彩翔亭で「昔ばなしの世界」を開き、昔話の楽しさや民話の大切さを、語り部たちと語り続けている。
47年の時を経て 夫婦合作絵本が今ここに
100年以上前に執筆された宮沢賢治原作の「よだかの星」。 この作品を、いつか紙芝居にしようと夫の沼田曜一さんは絵を描き溜めていた。そこに美甘雅子さんが文章を付け、今年3月、夫婦合作の「語り絵本よだかの星」が誕生した。
しかし、絵本誕生に至るまで万事順調とはいかなかった。
幼い頃、母の語る昔話が大好きだったという美甘さん。その影響あってか、美甘さん自身も即興でつくった昔話を弟に話すのが楽しかったという。昔話を通じて「語る」ことの楽しさを教えてくれた母だが、沼田さんもまた、「語る」ことの素晴らしさを教えてくれた一人だ。
沼田さんとの出会いは父親同士が友人ということもあり、縁あっての今である。絵描きになる夢を諦め、俳優となった沼田さんが1976年春、「いつか子どもたちに紙芝居として語り伝えてあげたい」という思いで描いた絵があった。それが宮沢賢治原作の「よだかの星」だ。しかし、映画や舞台の仕事に追われ、絵を描き終えたところで作業は終わってしまった。
数々の映画や舞台で活躍する沼田さんだが、2004年夏、最後の一人舞台を懸命に支える美甘さんの姿があった。沼田さんは「民話はこころの教育の原点である」と語り続けた現代の語り部でもあったが、2006年春、帰らぬ人となる。
その翌年、沼田さんの遺作展を開催しようかと考えていた時のこと。押し入れの天袋(注釈)から、20枚ほどの絵がパラパラと落ちてきた。そこに描かれていたのは、優しくも哀しい目をした「よだか」だった。それを見た瞬間、美甘さんは「あの時描いていたものだ!」と一瞬にして記憶がよみがえった。それと同時に、「これは語り伝えなければならない」と心が震えたという。
しかし、そこからが大変だった。絵が先にあって文が後付けとなるものを前にし、美甘さんは改めて原作を何度も読み返した。「宮沢賢治のこころを大切に、かつ子どもたちにも分かりやすい言葉で伝えたい」という思いの中で、作業は深夜にまで及んだという。
こうして紆余曲折の末に、47年の時を経て今、夫婦合作となる「語り絵本よだかの星」がついに完成したのだ。
「いじめ抜かれながらも生きていくために、毎晩たくさんの虫を殺生している自分を悲しむよだかの優しさを、宮沢賢治は子どもたちに伝えたかったのではないか」と美甘さんはいう。
沼田さんが残した「人愛し 人哀し民話のこころ」という言葉を胸に、美甘さんは今日も民話を語り伝えていく。
(取材:関)
(注釈)押し入れの上部にある戸棚
宮沢賢治記念館で資料として活用されることになった「語り絵本よだかの星」
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